美瑛の丘の心象風景  おもちゃ屋さん日記

美瑛の丘の上にある 小さなおもちゃ屋さんからの物語

事故の記録 【後編】




       屋根の上はいつもと変わらず
       濡れているだけに見えました。
       雨の日に作業をしたこともあったので、
       同じ要領でゆっくりゆっくり登って行きました。




       思った通りシートがめくれています。
       そのシートに手を伸ばした瞬間
       左足が滑り、片膝をつきました。
       普段はそれで止まって何のこともないのですが
       もう体はすごい勢いで滑りだしていたのです。



       防寒具



       今、僕は全身撥水加工の防寒具を着ています。
       夏の服装、軍手やジーンズなどの素材は水を吸って
       ブレーキになってくれました。
       でも今は逆に滑りやすい格好だったのです。





       時間的には1秒もなかったでしょう。
       僕は「生きる」ことだけを考えていました。


       「つかまるところは・・・ない
       着地の態勢はこれでいいか・・・だめだ、向きを変えよう
       登ってきた梯子につかまったら・・・速度は変わらず、もつれて危険だ
       梯子を払いのけたら・・・落ちた後、頭の上にふってくるかも」


       それが限界でした
       手足をふんばったにもかかわらず
       僕は思い切りお尻から地面に叩きつけられました。
       案の定梯子は頭上に倒れてきました
       転がってよけました。
       でも呼吸ができないのです。



       「主よ」(神様・・・)



       言葉はそのひと言だけでした。
       妻の顔が浮かびました
       娘と息子の顔が浮かびました
       そのまま眠ってしまいそうに意識が朦朧としてきます。


       その時
       なぜか「森のお遊び会」の元気な子ども達の顔が浮かんだのです。
       ニコニコと可愛い、やんちゃな子ども達。。。










       「僕は、何か彼らの役にたてたのだろうか」
       「大切なことを伝えられたのだろうか」



       そんなことを考えていました。



       「まだだ まだ終われない!!!」




       僕は身をよじって防寒具を脱ぎ
       震える手で内ポケットから携帯電話を取り出しました。
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       オペレーターに伝えようとしても
       言葉が出ません
       「救急車を・・・美瑛の・・・おもちゃ屋・・・」
       オペレーターの方が
       「分かりますよ、あの美術館だったところですね」
       そう、ここは昔、父が美術館をしていたのです。
       父さんありがとう・・・





       雨が木々の葉を濡らすのを見ていました。
       気温は0度近かったのでしょう
       もう手の感覚はありません。
       気を失っていたら、家族が家に帰るのは夜になってからですから
       このまま凍死していたかもしれません。
       手を折っていたら、電話できなかったかもしれません。
       いくつもいくつも奇跡が僕を包んでくれていました。






       バーニーズマウンテンドッグのローラが
       心配そうに見ています。
       やがて救急隊員の方々が駆けつけてくれました。
       感覚のない手を握ってくれました。


       あたたかだった


       「竹川さん、もう大丈夫ですよ」
       僕は目を閉じました。







       事故の記録 【感じたこと】へつづく




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