「カンパネルラのパン」
そういう名前の懐かしいパンがありました。
北海道の美瑛でひとり、父が焼いていたパンでした。
届いた瞬間に麦の香りが部屋中に満ちました。
みてくれは無骨で、飾り気は全く無く、
げんこつの様にも、木の塊の様にも見えました。
噛んでいると、ジンワリと温かいような甘いような力強い元気な味が広がって、
丘並みの続くあの場所に、ラジオを聴きながら黙々と作業している父の姿が浮かびました。
舌よりも心が満たされるような不思議なパンでした。
もうすぐ父が天に帰って2年になります。
何ひとつ技術的なものは受け継がなかった息子が
今度は一家でパンを焼きました。
今度はわいわいとパンを焼きました。
これは父のあと、最初にできたパンです。
香りは及ばず
味も及ばず
でも、それが、少し、嬉しかった。